マンガばっかり

マンガ批評

真説ザ・ワールド・イズ・マイン


★★★
新井英樹の大長編叙事詩
インタビューにもあるように新井が残虐だけを描きたくてこのマンガを描いていないのはよく分かる。
倫理的すぎて残虐になっているのだということもわかるし、よく調査しているのも立派だと思う。
ただ、登場人物が類型的すぎると思う。
下ネタばかりをメモしつづける新聞記者や犯罪に同調する野次馬たち、怪獣出現現場を聖地としてしまう人々がリアルだったという書評をネットで見たけれど、たしかにそういう人はいるし、そういう雑事までを細かに描こうとする誠意はわかる。
しかし、そんな人ばかりではないというのが現実なのだ。猟奇的な事件が起こると、似たような犯罪が伝染的に起こることがある。
ただ、それは国民全体を巻き込むものではない。
一つの事件を起こしたところで、地球が裏返るような文化的な衝撃を与えることなどはない。
もちろんトシとモンほどの大事件を起こす人が現れれば別格かもしれないが、「注目されたくてやった」などという放火魔などに対して、今まで世界がひっくり返るような反応が起こったためしはないのだ。
そもそも「世の中に何事かを問うことのできる存在」とは、受験戦争やルックス、商才、コミュニケーション力、歌唱力、運動神経、選挙戦、くじ運、あるいは七光り… といった何らかのレースを勝ち抜いた人か、何か珍しい資質を持った人だけなのだ。
残酷だけれども、それがリアル・ワールドで繰り広げられていることである。
トシのような社会性を欠いた存在が、さまざまな人間の機微を捉え、裏をかきながら、日本中を騒動に巻き込めるとはとても思えず、また、モンについても、「目がキレイ」で、天性の攻撃力があること以外に、いかなる意味でも神に近づいていると納得できる点はなく、大量殺人者が、一言二言の詩句を吐いたところで、世界が彼への崇拝を始めるということなどありえない。
生か死か、善か悪かを問いたい気持ちはわかるのだが、生と死の間にある無限の距離について、善と悪の間にある無限の距離について、あまりに乱暴に語りすぎている気がする。
情報社会といわれるこの世の中、ネットその他では誹謗中傷・罵詈雑言が飛び交っているのだろうけれど、そうした世の中の「乱れ」について、つまり新井はナイーヴすぎるのだと思う。
そして、そうした「乱れた」人たちこそ、実は大事件の際には、良くも悪くも、先頭をきって安寧秩序を守るために活動するというもう一つのリアルについて気付いてもよかったのではないかと思うのだ。
卑近な例で言えば、阪神大震災の時に山口組は近隣住民に対して生活水を与えていたというし、9.11後のアメリカでは、挙国一致で反テロリズムを大合唱してしまった。
ちょっとした変わり者、目立ちたがり屋の程度では、トシとモンに共鳴して大きな動きを取ることなどありえないと思う。
ただ、ほとんど荒唐無稽とも言いたくなるような終盤の「火の鳥」かとも見まごう大風呂敷さ、9.11以前にこうした作品を描いていたということは、なかなか天晴れではあると思う。